2009年08月19日

Where the Wild Things Are


スパイク・ジョーンズ監督の「Where the Wild Things Are」




whrerethewildthingsare.jpg


作家モーリス・センダックの絵本で、日本では邦題「かいじゅうたちのいるところ」。アメリカでは絵本界のクラッシックという理由から、実写版制作への反対が多いとか。

ディズニーも過去にアニメーション化を試みているけど途中で断念してるらしい。







んでもって。

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Maurice:この絵本は私の最初の超ヒット作なんだ。当初はあなた(スパイク・ジョーンズ)の実写版の様に人を困惑させたけどね。

Spike:ホント?

M:批評記事はどれも酷いものばかりだったよ。

S:ポジティブなものは?

M:なかったね、人気の絵本になるまで二年ほどかかったんだ。子供たちが図書館からその本ばかり何度も何度も繰り返し借り続けて、それで有名になったんだ。

Dave:モーリスはこの映画にあらゆる面で関与してるんだ。彼はこの原作を映画化するたった一人の監督としてのスパイクのことをとても信頼していたし、映画化に対して恐れてはいなかった。
そしてあんまり関わりすぎないように気を使ってもいた。二人は制作の早い段階から原作にもう一度「牙をむかせる」ように傾倒しているみたいだった。

M:原作から今まで16〜8年くらいの間、いろんな人がこの絵本の映画化に興味を持って、そしてその中の何人かに私も興味を持った。それである日スパイクがやって来たんだ。
私がこの作品を書いた歳ぐらいの歳のスパイクが、彼の思う「Where the Wild Things are」をやりたいって。

S:4年くらい前にこの作品に着手する時、僕バージョンの「Where〜」を作るアイディアを思いついたんだ。僕の人生における、僕にとっての作品の解釈っていうのを。
でもモーリスが納得しないものは決して作りたくなかったんだ。なぜならこれはあくまでも彼の作品だし、彼を裏切る行為だけはしたくなかったからね。

M:私の作品を母体に、作品としての風変わりなテイストを全体的にちゃんと継承しながら作られたスパイク・ジョーンズ版は私を刺客したよ。そしてそれは奇妙な体験だった。
私は自分の世界観を彼に伝えることなく、彼は自分の個人的で独創的なアーティスティックセンスを作品に注ぎ込むことを恐れなかった。彼のそういうところが僕をスゴく動かしたんだ。
スパイクは昔のテイストをリバイバルさせるのが得意なんだよ。撮影のセットにいたみんなも少しずつそういうものを持ち合わせていて、若い世代の子たちなんて見ていたら60年代のおふざけな感じやクレイジーなノリを思い出したし、みんなビックリするほど才能があったんだ。

S:モーリスは最初から言っていたんだ、デンジャラスなものを作らないとダメだって。でも同時に子供たちに敬意を払うもの、そしてそれが彼らを見下すようなものになったら作る価値はないって。

M:この作品は論争を生みだすことになると思う。だけど感情豊かでスピリチャル、見た目にも生き生きとしていて、原作と同じくらい正当な根拠のある作品なんだ。スパイクは原作をよりブリリアントでモダンに、そしてファンタスティックな作品に仕上げたし、原作からは一切何も奪われることなく、ただ肥沃な作品に増進させただけなんだ。

posted by YNS at 20:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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